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イスラムの何を信じるのか(2)

(「世界中に愛をワールドメイト」とは、深見東州氏がリーダーである宗教団体である。また、同氏は、本名である半田晴久の名で、「普遍的宗教性の現れ」とでもいうべき様々な社会福祉活動を行っている。)

007イスラムの何を信じるのか(2)

 キリスト教でもそんなにはしつこくない。大事なことははじめに三つ。まず、神は天と地の間のすべてのものの創造者であること。そして神は、「全知全能(omnipotent)」であること。最後に神はどこにでもいる、すなわち、「遍在(omnipresent)」であること。この三つを認め、信じれば、イエスが起こした数多の奇跡も容易に信じることができる。原罪はキリストの贖罪によって赦され、人間は永遠の生命を得た。アガペーで神と隣人を愛し、主の祈りを捧げればなにごとも叶えられる。これを信じることがキリスト教の信仰なのである。

 アッラーの九九の特性のなかにこの天地創造、全知全能、遍在という三つの特性も勿論入っている。が、他の宗教に比べ特筆すべきは、これらの諸特性をすべて信じなければならないことである。さらに注意するべきことは、アッラーの慈悲深きことが大変に強調されていることで、これはイスラム教の大きな特徴だ。

 『旧約聖書』の最大の神学的難点は何か。神は契約を守らぬ民に対してはみなごろしも厭わず罰を与えてきた。イスラエルの民もまた何回も神のいいつけに背く。そのたびに神は厳しい罰を与えるが、なぜか、ノアの洪水のときやソドム、ゴモラとは違って、みなごろしにまではしない。これはなぜなのかが、ユダヤ教では説明できない。ところが、イスラム教では説明がつく。アッラーは非常に寛大であるから、悪いことをしても、赦す場合もあるのだ。

 このような数々の特性をすべて信じること、すなわち、これをこう信じ、こう表しなさいと具体的に決まっているということが大変重要な点なのである。

(小室直樹、日本人のための宗教原論、2000、徳間書店)

続く

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イスラムの何を信じるのか(1)

(「世界中に愛をワールドメイト」とは、深見東州氏がリーダーである宗教団体である。また、同氏は、本名である半田晴久の名で、「普遍的宗教性の現れ」とでもいうべき様々な社会福祉活動を行っている。)

006イスラムの何を信じるのか(1)

 日本人と『コーラン』の論理は、あまりにも違いすぎる。せっかくの『コーラン』ではあるが、読み方がわからなくては、読んだことにならないから注意をいくつかしておくことにする。

 まず大切なことは、神を信ずるという信じ方が違う。

 日本で最も理想的な宗教家ともいわれる西行法師(1118-90)に、

 「なにものの おわしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」

 なる歌がある。日本人であれば、この歌に西行法師の深い信仰心を感じ取るだろうが、イスラム教ではこんなことでは信じたことになりはしない。

 この作品は、西行法師が伊勢の皇大神宮に参拝した時の歌だが、皇大神宮に誰が祀ってあるか西行法師が知らないわけがない。天照大について講義せよといわれれば何時間でも講義できるほどよく知っているはずなのだ。その人が「なにものの…」などといっている。

 アッラーを信じるとはどういうことか。『コーラン』のなかには、アッラーのさまざまな特性や美点、そして能力などが至るところに表現されている。それらのことを全部心底信じることがアッラーを信じるということなのである。

 曰く、アッラーは絶対で天地を創造した。人間に生を与えた。人間を死なせた。アッラーは永存する。アッラーは存在して唯一であって永久であって全能であって計算高い……。ある人が数えたところ、『コーラン』には九九の特性が記されており、とにかくそれらのすべてのことを信じなければアッラーを信じたことにはならない。

 日本の天照大にしても、最高神であって、天皇のご先祖であって、などといくつかの特性、性格があるが、それを箇条書きにして全部信じなければ天照大を信じたことにならないという信じ方を日本人はしない。

(小室直樹、日本人のための宗教原論、2000、徳間書店)

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イスラムの真髄はひたすら「コーラン」にあり(5)

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005イスラムの真髄はひたすら「コーラン」にあり(5)

 イスラム教の予定説は、現世限りの予定説である。現世で幸福になるか不幸になるかは、神がすでに決めてしまっている、ということだ。しかし、来世で天国(緑園)へ行くか地獄へ行くかは、現世でよいことをするか悪いことをするかによって決まる。つまり因果律であり、この点は仏教と同じである。

 すなわち、現世でどんなに不幸になっても、それにめげずに神の教え、すなわちイスラム法を正確に守れば、来世で「緑園」に行くことができ、守らなければ地獄へ行く。

 プロテスタントのカルヴァン派が信じているような予定説ではないから、すでに説明したバニヤン描くところによる、駆け出さずにはいられないという緊張感は生まれずにすむ。いても立ってもいられなくなるような暇があったら、よいことをすればよい。そうすれば来世は「緑園」へ行ける。

 大切な点をいくつかピックアップしたが、特に大事なことを一言で要約すると、イスラム教は、ユダヤ教とキリスト教を高く評価しているが、最終的な正しい解釈の仕方はすべて『コーラン』にある、ということだ。

(小室直樹、日本人のための宗教原論、2000、徳間書店)

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イスラムの真髄はひたすら「コーラン」にあり(4)

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004イスラムの真髄はひたすら「コーラン」にあり(4)

 ところが『コーラン』には、至るところによいことをせよと書いてある。

 もう一つ、『コーラン』の特徴は、その「よいこと」とはどういうことかはイスラム法(シャリーア)が決めるということである。是非、善悪というのはイスラム法によって決まる。

 よいことをすればどうなるか。このうえない極楽、イスラムでは「緑園」または「緑の園」という表現をしているが、そこへ連れていく。悪いことをすれば、地獄へ落とす。

 地獄極楽という世界が実体的なものとして述べられているのも、イスラム教の大きな特徴である。仏教にも一応そういうふうなことが書いてあるが、仏教では実体的な存在を否定する。したがって、地獄極楽などというものはないのだというところへ教えを導くために、仮に考えられているに過ぎない。

 キリスト教では、最高啓典である『福音書』やその他の新約聖書では譬え話として使われるが、実体的な存在として考えるのは、異端中の異端である。日本人が持っているキリスト教的天国と地獄というのは『神曲』(=ダンテ昨)などの文学作品から来ていることは前述した。

 そして何より決定的なことは、ペラギウス論争でわかるように、ただ神の意志のみを認め、人間には意志の自由はないとしたキリスト教に対し、イスラム教では人間の意志の自由というのを認めている。よいことをするも悪いことをするのも、決めるのは本人で、本人の責任だと認めているのだ。

(小室直樹、日本人のための宗教原論、2000、徳間書店)

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イスラムの真髄はひたすら「コーラン」にあり(3)

(「世界中に愛をワールドメイト」とは、深見東州氏がリーダーである宗教団体である。また、同氏は、本名である半田晴久の名で、「普遍的宗教性の現れ」とでもいうべき様々な社会福祉活動を行っている。)

 ところが、それを明確に否定しているのがイスラム教である。イエスは単なる人にすぎない。神だなんてとんでもない。ただ優れた預言者であるにすぎない。また同じように、マホメットもただの人間であり、最も優れた預言者にすぎない。

 三位一体説もきっぱり否定しており、神=アッラーはただ一人に決まっている。二でもなければ三でもない。神が三人いて、三人が一体であるなんて、そんな曖昧なことはない。このように、客観的に見たら、『コーラン』のほうが明らかに筋が通っている。

 では、キリスト教の最大特徴である予定説はどうか。

 イスラム教にも予定説的なドグマはある。天命(カダル)である。「天地間のすべてのことは、神の意志による。例外はない」。全知全能のアッラーは、現世の人間の過去も未来もすべて決めたまう、というこの命題は予定説といえる。ところが、キリスト教と全然違う点は、よいことをすれば神に来世で救済されるという。これは紛れもない因果律の論理である。

 キリスト教の本来の教義ではよいことをせよなどとは一言も触れていない。それどころか、プロテスタントなどは本来的でない教義に猛烈に反対する。ルターは、よいことをせよと書いてある本は、すべて聖書のなかに入れていないほどだ(五八頁)。なぜならキリスト教にとっては紛れもなく異端であるから。神を信ずる以外のことを本来のキリスト教は求めないのだ。

(小室直樹、日本人のための宗教原論、2000、徳間書店)

続く

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