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だまされない〈議論力〉(7)

(「世界中に愛をワールドメイト」とは、深見東州氏がリーダーである宗教団体である。また、同氏は、本名である半田晴久の名で、「普遍的宗教性の現れ」とでもいうべき様々な社会福祉活動を行っている。)

 実際にとりあげる問題は、かなりの部分を大学の小論文の入試問題から取った。これは、私の仕事に関係しているからというだけではない。この頃は「入試」といっても、単なる暗記物ではなく、現代社会の基本的な問題を考えるように構成されているからである。大人にとっても有用であるし、「問題」の形でくっきりと提示されているから、思考もクリアにたどれる。

 本書では、世の中のクリシェやステレオタイプの吟味から始まって、識者が語るもっともらしい議論の欠陥をとりあげ、検討してみた。その意味で、この本は様々な情報の海の中で、必要とするものを適切に選択していくための指針となるであろう。メディア・リテラシーとはコンピュータの使い方の訓練だけではない。雑多な情報から良質なものを選択し、それを自分のものとして活用し、また社会へ還元していく方法なのである。

 なお、本書の性質上、引用する時には原文を適宜省略させていただいた。省略部分は「……」で示してある。

(まえがき おわり)

(吉岡友治、2006、だまされない〈議論力〉、講談社)
続く

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だまされない〈議論力〉(6)

(「世界中に愛をワールドメイト」とは、深見東州氏がリーダーである宗教団体である。また、同氏は、本名である半田晴久の名で、「普遍的宗教性の現れ」とでもいうべき様々な社会福祉活動を行っている。)

 この本は議論の構造の基本に立ち戻ることによって、そういうバカな議論、不毛な議論の構造を解明しようと試みた。その人がバカかどうかは、言い方やしゃべり方で決まるわけではない。むしろ、その主張が他人が納得するようなきちんした構造をしていないことが問題なのである。面倒でもいちいち基本に戻ることで、どんなに話がスッキリすることか!

 もちろん、私は各問題の専門家ではない。だから、細かい知識の点では思い違いや資料不足があるかもしれない。一家言ある方には遠慮なく、文句を言っていただきたいと思う。ただ専門家であるというだけでは、議論の正しさは保証されない。実際、この本でもそういう例を示しているが、専門家が明らかにおかしな議論をしていることもあるからだ。権威だからといって、すぐに信用はできない。

 現代ではさまざまな問題に対して、一般市民でも理性的に判断・意志決定しなければならないことが多い。その世論が結局、社会の方向を決める。でも、権威が信用できないとしたら、頼れるものは自分しかいない。

 自分にはそんな専門知識はないよ。そう思われる向きもあるかもしれない。しかし、私の考えでは、求められるのは知識の多寡ではなく、議論の妥当性を吟味する能力だ。そのための方法論を確認するのが本書の目的である。

 方法はとてもシンプルだし、とりあえず誰にでも応用できる。デカルトではないが、「良識」というものは誰にでもそなわっている。それを使いさえすれば、一定の理性的判断はできるのである。その意味で、この本は成熟しつつある情報化社会における「良識」の再発見にもなるはずだ。

(吉岡友治、2006、だまされない〈議論力〉、講談社)
続く

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だまされない〈議論力〉(5)

(「世界中に愛をワールドメイト」とは、深見東州氏がリーダーである宗教団体である。また、同氏は、本名である半田晴久の名で、「普遍的宗教性の現れ」とでもいうべき様々な社会福祉活動を行っている。)

 結果として、「考え方や感じ方は人それぞれ」という考え方がはびこった。人は皆それぞれ違って、違っているから面白いんだ、というわけである。優劣をつけられないのだから、誰が何を言っても勝手だし、無視してもかまわない。「みんな違ってみんないい」、そんなことを言っている間に、問題だけはどんどん進行する。その時に誰の意見をもとにして決定がなされるべきか、「みんな違ってみんないい」は何も答えない。

 みんな違うのは当たり前だ。だが、それは人間の尊厳について平等なだけであって、考えやアイディアは平等ではない。優劣は、現在ある問題をきちんと解決できるかどうかで決まる。そのためには問題を理解して、明快な解決案を出し、それがうまくいくということをあらゆる理屈とデータを使って証明しなければならない。たんなるムードや感じで決定すると、後でひどいしっぺ返しを食らう。政治でも経済でも生活でも、この原理は変わりない。

 ところが、皆当たり障りのない意見ばかり言おうとする。「みんなでよく議論をしよう」だとか「もっと国民的に議論を盛り上げる必要がある」と。バカを言ってはいけない。こういう掛け声をかけるまでもなく、問題はすでに「盛り上がっている」。掛け声ではなく、実質的に議論を進めるアイディアを述べるべきなのだ。

 ある意味で、議論とは、むしろ当たり障りのある意見を出すことだ。そうでなければ、場は活性化しない。あえて異論を出すことで、元の意見も深化させられる。さまざまな場合を検討し、その適用を吟味することができるからだ。

 しかし、そのためには異論が無視されない状況を作らねばならないし、逆にくだらない異論は却下できる仕組みを作らねばならない。そうでなければ、因縁や文句を付ける人間だけが有利になる。残念ながら、今の日本の状況はむしろそういう方向に進んでいるようだ。多数のムードを頼んで実効性のない政策が施行されたり、「弱者の権利」と称して不合理な決定がなされたり、皆どこかおかしいと思いながら、それを指摘できないでいる。

(吉岡友治、2006、だまされない〈議論力〉、講談社)
続く

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だまされない〈議論力〉(4)

(「世界中に愛をワールドメイト」とは、深見東州氏がリーダーである宗教団体である。また、同氏は、本名である半田晴久の名で、「普遍的宗教性の現れ」とでもいうべき様々な社会福祉活動を行っている。)

 私は予備校や主宰しているインターネット講座で、大学・大学院受験者や社会人のために小論文の書き方を教える仕事を続けている。そのなかで、学生たちには上記のような観点から議論を見る、という習慣がほとんどないことに気づいた。

 彼らは意見の中身ばかり気にする。右か左か、競争か福祉か、論点や対立はいろいろだが、どうしてその「意見」が妥当なのか、理由や説明を出せない。これでは「意見」は自分の信じていることに過ぎず、他人とは共有できない。

 しかも、その意見もほとんどどこかで聞いたことがある陳腐なものばかり。これをクリシェとかステレオタイプとか言うのだが、きちんと考えもしないでもっともらしいことを言っているだけなのだ。口真似するオウムと同じだ。しかし、ちょっとコツを教えてあげると、そういう彼らも自分の議論や他人の議論の根拠を検討し出す。結果として、議論は活発になるし、小論文のレベルも高くなる。

 私は議論とは何か、どんな要素が必要なのかを教えるために工夫してきたわけだが、ふとこの内容はむしろ大人たちにこそ有効なのでは、と思うようになった。若者だけでなく、大人の言うこともずいぶんおかしい。右翼か左翼か、朝日か産経か、立場の違いだけではくっきりあるのだが、その実、何のコミュニケイションも成り立たない。根拠もなく互いに自分の意見を言い散らし、ちゃんとしたデータも挙げないで、感情的な物言いばかりが目立つ。おかげで、話はいつも泥仕合に終わる。

(吉岡友治、2006、だまされない〈議論力〉、講談社)
続く

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だまされない〈議論力〉(3)

(「世界中に愛をワールドメイト」とは、深見東州氏がリーダーである宗教団体である。また、同氏は、本名である半田晴久の名で、「普遍的宗教性の現れ」とでもいうべき様々な社会福祉活動を行っている。)

 こういう状態から脱するには、とりあえずルールの理解から始めるしかない。議論は乱闘ではない。むしろ折り目正しい格闘技だ。目的は自分の意見を言うこと。意見とは何か?「あなたの意見は?」と問われる状況とは、何か問題があるときだ。近くにゴミの集積所を作る計画に対して地域はどうするか、あるいは家族旅行はどこに行くか、問題が目の前にぶら下がって決定しなければならないときに、「あなたの意見は?」と問われる。

 そのときに「私はこう思う」と言えれば、それが意見だ。もちろん、他の人の言うことと違っていてもよい。「正解」はないからだ。ゴミの集積所は大きな紛争になるし、家族旅行も「本当は行きたくないのに……」とぶつぶつ言うメンバーがいる。どうやっても誰かに不満は残る。すべての人々を満足させる答えはそもそもない。正解のないところで、自分はどちらがよいか、立場を鮮明にする、これが第一の基本である。

 正解がないからといってどんな答えでもいいわけではない。より多くの人に利益や満足をもたらす意見、あるいはほとんどの人が納得せざるを得ない意見が「正しい」。たとえば、駐車違反をした人を死刑にする、という意見は妥当ではない。殺人さえ普通は死刑にならないのに、いかに社会の害になるとは言っても駐車違反が死刑になるのではバランスが悪い。したがって、こういう意見は「妥当でない」。「妥当」とは、いろいろ事情を考えて「そんなに悪くない(おかしくない)」と思えることである。もちろん、「悪くない」の程度はいろいろだが、「より妥当な」つまりより多くの人が納得できる意見がよいのだ。

 そのためには根拠を出す。根拠とは、なぜ自分がそう判断したのかを表す理由、それをわかりやすくかみ砕いて言い換える説明、具体的なイメージを与える例示・比喩・対比などからなる。理屈と感覚の両方から、「なるほど」と思わせるように誘導するのである。

 逆に言うと、こういう要素がない議論は「ろくでもない議論」だ。理由もなく極端な主張をする議論、難しすぎて何回読んでもわからない説明、事例やデータがない抽象的・観念的議論はダメなのだ。

 「議論」そのものが悪いのではない。「悪い議論」というものが存在しているだけである。「悪い議論」は全体を混乱させ、結果を誤らせてしまう。

(吉岡友治、2006、だまされない〈議論力〉、講談社)

続く

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